最 新 情 報

2025/11/18
近畿地方のある県について
徳川慶喜が京都の二条城で大政奉還を行い、政権が幕府から天皇に移った翌年に起こった鳥羽伏見の戦いの後、国際貿易の中心地の1つだった堺を管轄するため、旧幕府領を管轄するため、また国内情景が不安定だったことから大阪に治安維持のために鎮台が置かれたことも含め、大阪府の一部だった堺市が独立する形で、堺県が発足しました。

大阪市以南の各地町村全域や、東大阪市の約半分、八尾市の大半に加え、奈良県の全域が堺県となりました。

堺の独立後、堺市役所が堺県庁と変わり、市長だった小河氏が初代の堺県知事となりました。小河知事は民衆に情け深い政治をすべきだと言う儒教思想の持ち主で、当時は氾濫の多かった大和川の治水工事で、官費では間に合わないとの事から、自身や幹部の年棒を捻出して積極的に進め、全国の小学校建設に先立って郷学校を建設するなど、中央の統制を超えて積極的な地方行政を推し進める善政を推し進める名君でしたが、政府主導のトップダウン政治を開始し始めていた明治政府と対立する きっかけになってしまいます。

善政ではあったものの反対運動は各地であり、旧奈良県では「奈良県に戻してほしい」との運動があり、堺付近の市でも「大阪府に戻してほしい」との運動がありましたが、明治政府はこの運動による署名を拒否しました。

しかし、旧奈良県の南部の市役所職員より「重要書類を県庁に持参するのに、奈良南部から堺県庁までは非常に遠く、書面を届けるだけの作業に、時間がかかりすぎる」との声を受け、明治政府は堺県庁以外にも、県庁の一部機関を設けたため、堺県には複数の県庁が存在することとなりました。

その新設した行政機関が置かれたのが、現在の大阪府と奈良県の県境にある羽曳野市の誉田(こんだ)で、将来的には堺県の県庁は誉田に統一される方向で話は進みましたが、誉田側から「県庁が誉田に完全に移管した際には、堺県を誉田県に変更したい」と言った話が出てきたため、堺側と誉田側、そして明治政府を含め話し合いが行われました。

しかし、明治3年 小河県知事が明治政府との対立により更迭されたことや、明治3年の廃藩置県などにより、堺県は廃止され、再び大阪府に編入されました。

この当時の大阪府は、大阪府・堺県・現奈良県(当時は奈良郡)をまとめたため、現在の和歌山県や岡山県と同等の広さの県で、奈良県民の独立運動が実を結び、奈良県が再び独立する明治20年まで続きました。
2025/11/17
家庭イルミネーション
11月も半ばを過ぎ、あと半月もすれば、クリスマスの空気に包まれていきます。そうなると屋外に煌びやかな照明が取り付け、派手に着飾る家庭もあることと思われます。

しかし、屋外照明は家庭内照明に比べ、危険性が高いことを認識することが重要です。

まず危険なのが漏電。屋外ではプラグ部分や配線の接続部分が濡れている可能性が室内以上に考えられます。テープ式の照明器具などは5Vや12Vなど、V数が低いため触っても問題ない程度の電力しかありませんが、そうではない箇所も存在しており、アダプタ付近では100Vが流れているため、手が濡れた場合や、接続部が濡れている状態で、通電部に触るのは非常に危険です。防水の対応がされていない箇所はビニール袋などで覆い、接続部が濡れないような対策が必要です。

さらに別で危険とされるのがW数で、複数の照明器具を使用した際に、それぞれの照明器具のW数容量を計算しておく必要があります。タコ足配線などで、複数の照明器具をまとめた際に、W数用量を超えてしまうと発火や発熱、電線被覆の溶解などが発生してしまう可能性があり、非常に危険です。

最近は減少傾向にありますが、PSEの無い品質の保証が不十分な照明器具の使用も危険です。海外からネットで購入したPSEの無い照明器具などは、ふとした際に不具合が発生する危険性があるため、PSEのある問題の無い製品を選ぶ必要があります。

電線部分の状態を確認することも重要で、ビニタイなどでLED照明器具の電線を柵やポールなどに固定する際に、電線外側の絶縁体である軟化ビニールに破損が生じ、内部の電線が剝き出しになっている場合などは、剥き出しの電線部分に触れると危険です。

安全面に気を配り、家庭イルミネーションをお楽しみください。
2025/11/14
麺類と出張 16
LED照明提案で各地を回る中で、食べてみたい麺類や美味しかった麺類を記載しておりましたが、もう少し続けていこうと思います。早い話がネタがない…訳です。

和歌山ラーメン(和歌山)

今から約20年前、テレビ東京系の人気番組『TVチャンピオン』の「日本一うまいラーメン選手権」が1998年1月に放送され、その際に和歌山ラーメンの有名店である「井出商店」が優勝しました。当時の『TVチャンピオン』は、平均視聴率が15%もあったことから、一気に和歌山ラーメンの知名度は上がり、全国区のブームとなりました。ブームの人気そのままに、同1998年の秋には新横浜駅のラーメン博物館に期間限定で出店した際には、出店期間の8か月間、一度も行列は途切れることはなく、最大待ち時間210分、一日の平均販売数が約900杯…などの現在も破られていない無敗記録を作りました。その和歌山ラーメンには二つの系統があり、白濁した豚骨醤油スープが特徴の系列は発祥となった井出商店に由来して「井出系」と呼ばれ、澄んだ豚骨醤油スープが特徴の系列は「車庫前系」と呼ばれています。これは和歌山市内を走っていた路面電車の駅の中で、車庫前駅付近は繁華街で、屋台を出していた「〇髙」と言う店が人気を集め、この店の流れを汲む店には屋号に〇、もしくは丸が付き、かつ系列店は車庫前系と呼ばれます。ちなみにラーメンを注文してから提供されるまでの間、早寿司と呼ばれる軽く発酵させた鯖のなれ寿司を食べるのが和歌山流。

天理ラーメン(奈良県)

天理ラーメンは、埼玉スタミナラーメン・茨城スタミナラーメンと並び、3大スタミナラーメンの一角を担っており、天理ラーメンでは、醤油ベースのスープに白菜・ニンニク・ピリ辛がデフォルトになっています。その中でも複数の系譜に分かれており、元祖とも言われる系譜の彩華ラーメンでは中国四川省から直輸入した辣醤(ラージャン)による独特な辛さとニンニク醤油の風味が食欲をそそります。さらに別の系譜で有名なのが、天理スタミナラーメンで、豚骨の甘さが他の系譜よりも強く、豚骨の甘さと辣醤(ラージャン)による独特な辛さのバランスが特徴です。ちなみに2017年に惜しまれつつ閉店したのが橿原スタミナラーメンで、系譜ではなく店舗名で、チェーン展開などはしておらず、老夫婦が橿原市郊外にて、ガレージを改装した店舗で、天理系のスタミナラーメンを提供していました。その他にもこの店舗ではホルモンを揚げた料理が名物で、今から約20年前、私が大学生の時に友人と車を走らせて、深夜時間によく行ったものです。既に2017年に閉店してしまっていますが、この店は深夜時間でも行列のできる有名店だった事から、奈良県橿原市のシティーホテル「グランドメルキュール奈良橿原」のホテルビュッフェにて、当該店舗の味を再現したメニューが提供されているようです。

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2025/11/13
麺類と出張 15
LED照明提案で各地を回る中で、食べてみたい麺類や美味しかった麺類を記載しておりましたが、もう少し続けていこうと思います。早い話がネタがない…訳です。

京都のラーメン(京都府)

札幌ラーメンが濃厚な味噌スープに縮れ麺で、博多ラーメンは濃厚な豚骨スープに細いストレート麺を使用するのがお約束になっているように、ご当地の麺類と言えば、使用すべき具材や、決まった形式のスープ、決められた麺の種類などの、ある一定の決まり事が存在しますが、京都のラーメンに関して、そういった画一化された定型は存在せず、各店が色々なラーメンを提供しながら、各店が味を競っているのが特徴で、「京都のラーメンはどのようなスタイル?」と聞かれても困るのが現状です。そして京都でラーメンと言えば、やはり一乗寺。京都の都市部の北限にあたる場所で、1604年に宮本武蔵が吉岡一門と闘った伝承の残る場所ですが、令和では数々のラーメン屋が鎬を削っており、一乗寺駅から半径1kmの圏内に30件ものラーメン屋が営業しています。その他、京都の都市部南部の伏見でもラーメン屋が集中しています。どちらも大学キャンパスが集中している場所の近くで、かつ学生街が形成されている場所と言う共通点があります。ちなみに個人的に、京都のラーメンでは髙安が好きです。

高井田ラーメン(大阪府)

大阪はラーメン不毛の地と言われてしました。店舗数では全国6位ですが、人口比当たりの店舗数となると全国45位と、最下位に近いランキングにまで落ち込みます。これは、周りが強過ぎるのが原因と思われ、多種多様なラーメン屋がひしめき合う京都府。ご当地ラーメンの天理ラーメンがありつつも新機軸のラーメンも人気の奈良県。かつて大ブームを引き起こした和歌山ラーメンを有する和歌山県などあり、大阪の大学生数人が車でラーメンを食べに行くのがレジャーとして確立されているほどです。さらにひと昔前までは全国的に周知されている大阪ご当地のラーメンもありませんでした。しかしながら、現在では周知されつつある大阪のご当地ラーメンが存在しており、それが高井田ラーメンです。大阪市東部から東大阪市が発祥の醤油ベースのラーメンで、極太ストレート麺に、キレのある濃厚醤油味のスープ、大量のネギが多く入るのが特徴で、1950年頃に町工場の多い地域で働く労働者向けに提供されたのが始まりとされており、そのため早朝から営業している店が多いのも特徴。しかし、長年愛されてきたラーメンですが、行政によるこのラーメンを利用した町興し的なアクションはなく、また高井田ラーメンの提供店が、町工場の密集地域に集中していたため、観光客が来ることは無かったこともあって、高井田ラーメンの知名度が上昇することはありませんでした。しかし、近年においては町工場以外への出店が増加し、近畿圏内を中心に、知名度を上げつつあります。弊社の近くにも麺屋7.5Hzが出店してきており、朝から開店しているので、たまに行っています。

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2025/11/12
麺類と出張 14
LED照明提案で各地を回る中で、食べてみたい麺類や美味しかった麺類を記載しておりましたが、もう少し続けていこうと思います。早い話がネタがない…訳です。

台湾ラーメン(愛知県)

名古屋で長年愛される台湾ラーメンは、見た目が担々麵に似ています。そもそも、担々麺は中国の四川料理の流れを汲む麺料理で、天秤棒(中国名:担々)で食材や食器などを担いで、売り歩いており、スープがあると重たい上にこぼれるため、中国の担々麺はスープが無いスタイルでした。この中国の担々麺が日本に伝来した際に、中国の担々麺は非常に辛かったことから、辛さを和らげるために日本でスープありのスタールに変わりました。しかし、その流れは台湾ラーメンには一切の接点はありません。台湾出身の父を持つ郭明優 氏が、台湾旅行で食べた担仔麺(タンツー麺)を辛口にアレンジし、自身の経営する中華料理屋「味仙」で、1971年より提供したことが発祥で、日本の担々麺が胡麻とラー油がベースになっているのに対し、台湾ラーメンは唐辛子とニンニクがベースになっており、激烈な辛さと爆発的な旨味が特徴です。ちなみに、辛さを抑えた「台湾ラーメン アメリカン」があり、さらに「台湾ラーメン イタリアン」もあります。イタリアンはトマト入りと思ってしまいそうですが、実は超激辛仕様で、 イタリア → エスプレッソ → 濃い → 辛さが濃いラーメン …となったようです。


ベトコンラーメン(愛知県)

1969年に愛知県一宮市の中華料理屋 新京が始めて提供した説が有力で、大量のニンニク・ニラ・長ネギ・モヤシなどの大量の野菜を唐辛子ベースで炒めたものを、あっさりしたスープに乗せたラーメンの事で、愛知県一宮市、もしくは岐阜県岐阜市が発祥とされています。名称の由来には諸説ありますが、ベトナム戦争(北ベトナム政府+中国+ソ連 VS 南ベトナム政府+アメリカ)の際に、「南ベトナム解放民族戦線」として、南ベトナムでアメリカと戦闘を行った北ベトナム側の軍事組織であるベトコン(ベトナム コンバット)の雄姿を称え、ベトコンラーメンと名付けられたが、日本が反戦ムードとなったため、意味合いを変化させ、ベストコンディションの一部の文字を使用してベトコンとなった説。もしくは初めから、ベストコンディションの意味合いでベトコンとなった説が混在しています。

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